ロンドンでの列車衝突事故

「安全と健康」誌、2009年8月1日発行

プロフィール

  • 教授 平尾 裕司 (ひらお ゆうじ)

1973年函館工業高等専門学校電気工学科卒業。(財)鉄道総合技術研究所信号通信技術研究部部長を経て、2007年長岡技術科学大学システム安全系教授。機能安全に関する研究に従事。工学博士(東京大学)。

ロンドンでの列車衝突事故 〜人間にシステムの安全を依存することの限界〜

 1999年、イギリスのロンドン市内のパディントン駅で列車が正面衝突し31人が死亡する事故が発生した。安全装置の不完全性や運転士のヒューマンエラーなどが要因として挙げられ、人間に依存しないシステムの重要性が痛感される事故となった。

  • 運転士のブレーキ操作の誤りで列車衝突事故

1999年10月5日の朝8時ごろ、ロンドン・パディントン駅を出発したテムズ・トレイン社の気動車3両編成の下り列車と、ファースト・グレート・ウェスタン社の客車8両の両端にディーゼル機関車を連結した上り高速列車HSTがロンドン・パディントン駅から約4km離れたランドプローク・グロープ・ジャンクションで正面衝突をした。この事故で、気動車は大破するとともに、気動車の燃料に引火し、高速列車HSTの先頭機関車の後部の客車1両に火が広がり、死者31人、負傷者423人の大惨事となった。

この事故の直接の原因は、下り気動車の運転士が信号機の停止現示(赤信号)を見落とし、その信号機の手前で停止せずに高速で安全が保障されない区間に進入し、反対方向から来た上り列車に衝突したものである。衝突時の2列車の速度の合計は210km/時に達したと想定される。

鉄道はこれまでの200年近い歴史のなかで、多くの事故を教訓に、人間は誤ることを前提として、運転士の操作ミスなどに対しても事故に至らないよう独自の安全装置を発展させてきた。イギリスにおいては、運転士に対して前方の信号機が停止現示であれば警報を与え、さらに5秒以内に確認のボタンを押さなければ非常プレーキを動作させるAWS(自動警報装置)を1950年代にいち早く設置している。しかし、AWSの欠点は、運転士が確認ボタンを押した後は、人間のプレーキ操作に依存することである。このため、事故が多発したことから、人間の操作によらずにシステムで列車を完全に停止させて安全を確保する新型の列車停止装置の開発も進められていた。

  • 人間に依存しない安全対策とその早急な実施の重要性

このような状況のなかで発生したロンドン・パディントン駅近傍における列車衝突事故は、下り列車の運転士がAWSの確認ボタンを押した後に停止信号を見落として進行(信号冒進)した結果であるが、調査委員会によって関連するいくつかの事実が明らかにされている。事故が発生したその信号機で過去6年間に8件の信号冒進があったにもかかわらず何も対策がとられなかった。また、信号冒進があった場合には列車運行センターで自動的に検出する装置が付加され、その検出を受けて指令員が無線で列車に対して停止信号を送信することになっていたが、事故時には停止信号が送信されなかった。
重要なことは、人間に依存しない本質的な安全対策とその早急な実施である。現在、イギリスでは、AWSに代えて運転士への依存を抑えたTPWS(列車防護警報装置)が導入されている。
機械安全や労働安全においても、人間に依存しない安全対策とその早急な実施が重要であることは同様である。